天真名井家文書

法然からの手紙

取り急ぎ一筆啓上仕る

取り急ぎ一筆啓上仕る。
忘れめや、淨土の池に浂なくして、誰ぞ咲かせん。九品の蓮華金光よ、夷国に死ぬ事勿れ。佛僧は命を愛するものにて候ぞ。

浂京師を發にして後は、念佛正法論・念佛往生論、相対して治まらず。門弟悉く愚痴に明暮れ、往生論の聖光殿は鎭西に歸り、汝の記逑せる正法論、安樂をして多数の同意を得るも、安樂・住蓮□□□鹿谷に籠りて、吾を訪れる事ぞ無し。

金光よ師弟相寄りて和を保つは謀難きものぞと、去りにし大原にて、諸宗の学徳に論ぜし吾が昔年の頃を愢び、

緒論の定結を得ぬ吾ぞと身心に銘じて、まめならぬ心を、唯念佛を申て自からを慰みをり候も、佛の御告に依り候か、不吉なる餘感を覚へ候間、
安樂・住蓮は鹿谷にて吾が赦を得ずし□朝宮の局を度し、うたかたの浮名を衆に及ぼし、教障たちまちに洛内洛外に波紋し、南都叡門に達して念佛断絶の兆しを起せしを憂ふる間に、吉水の里にも□□□笹葉を渡る東風も吹かず、渓に佛法のさえずるもなく、鳴々として不気味なる鴉のみ飛交う他に声とて音とても絶え候。
哀れ哉。安樂・住蓮は捕れ南都叡門の諸宗は念佛断絶を検非違使庁に

(※この箇所、行欠落)

となりて、加茂の刑場に露と消え□□□次第は吾らに多く流罪及び死罪砂太を蒙むるに至れり。依って吉水は消灯の如し。

金光よ、一刻も考せず急ぎて、師となる為に歸られよ。
吾□□京師を追れては、吉水を護る仁は浂を他に放つて得られず。鎭西に聖光ありと思い病まず、必ずや歸京せよ。法然房源空が、浂ありてこそ安心起證を得らるるなり。浂は支那国越王勾践の臣・范蠡の如くして吾れにあるが故に、念佛は衆生

(※この箇所、行欠落)

とする三世を護るなり。
金光よ、世は導暗の末法なり。嵐となり、怒涛となりて世襲するとも、今こそ浂が生涯をかけにし聖著・末法念佛獨明抄の出世する刻なり。汝は末法の世に弥勒菩薩□□□迷の衆生に念佛の正法を遺せよ。みちのくの布教は浂ならずとも、勢觀房源智の如く若きに委せて、大事なく候。
金光よ、源空は罪刑に依りて藤井基彦の俗名に□、□は此の世に法衣の身に

着くは得られずとも、汝吾が分身なれば、吾が念佛を後世に繼ぐるとぞ信じて安心なり。
今日南海道に流刑なり。捕籠の中にて此の状を走筆し、名残る想を汝に遺して筆を留むなり。
後は唯弥陀の本願に念ずるのみなり。

承元戊辰二年弥生二十九日
法然房源空花押

金光房圓證殿